Craftsman来て見て体験演者

生きものの色と造形でそれを手に取る人の笑顔を見たい
平田悠
木工細工作家

平田悠

文京区にある緑豊かな鎮守の森、根津神社。そのちょうど東隣の住宅街に平田製作所はある。工房の前には自転車やカヌーが並び、木工細工作家の平田悠さんは、自然好きなアクティブな人だということがよく分かる。その平田さんは、生き物の持つ可愛らしさや美しさを木工細工でいかに表現するかに日夜取り組んでいた。


平田さんは、木工細工作家だ。モチーフは、生き物ばかりでそれが特徴だといい、作品を並べながら説明を聞かせていただいた。

「木製の蝶々をブローチにしています。こちらは猫のストラップ。材料は全て木で、色は油性のアクリルで塗っています」という。

平田さんは、小さい頃からものづくりが好きだった。釣りも好きだったので、ルアー作りを中学生の頃から趣味でやっていて、その流れで木工細工を始めたという。

「最初はルアービルダーになるつもりだったのですが、釣り業界そのものが下火になってきたので、自分の身につけた技術を使って何かできないかと考えたのです」という。

実家は、木工とは何の関係もない仕事だったので、全て独学の世界。木工を商売にしようと思ったというよりは、自分には、これでいくしか他になかっただけだという。

全て独学で身につけた生き物をモチーフにした木工細工

 「最初は、ルアーの方でデザインフェスタとかに出ていたのですけど、そうしたら隣のブースで猫を売っている人がいて、それがずいぶん繁盛していたのです。そんなに売れるのだったら、猫でいこうと。それで最初は、猫を作って売りながら、食いつないでいました」

そして、ある程度量を作っていくと、技術もどんどん上達し、作品の質もブラッシュアップしていったのだという。

ホッポアゲハの木製蝶々標本ブローチ

標本型の額に収められた蝶々

 

好きで好きでたまらない、ものづくりの世界

 

平田さんの手元には、今まで作った数々の試作品が残されている。

「昔に比べるとだいぶ表情も変わってきていますよね。ものづくりが、好きなんですよ。作っている理由はそれだけで、面白くてやめられないのです」

木製猫ストラップは、ものづくりの催事でいつもひっぱりだこであるが、作家としての平田さんの代表作品は、やはり蝶々のシリーズであろう。

「もともと蝶々とか、魚とか好きだったので、いつかは作りたいとは思っていたのですが、ただ、その当時の技術では作りたくてもできなかったのです」

平田さんは、いってみればそれは、スターウォーズみたいなものだと、おもむろに言う。

「ジョージルーカスは、もともとスターウオーズを作る時に、エピソード1、2、3は、当時の技術では難しかったから4、5、6から始めたのです。自分の木工細工もそれと同じことで、一番作りたいものは、蝶々とか、魚とか、ルアーなのですが、もともと売るために作り始めた猫で、ある程度技術がここまで付いてきたから、一番作りたかった蝶々に、7年前に着手したのです」

独自に試作を重ねた色見本。自然界のリアルに近づこうとする平田さんの意欲が伝わる。

 

相当な技術を使っている作品であることが窺える蝶々であるが、その一番の難しさを問うと、「色ですね」と即答した。

「ただ塗ればいいじゃなくて、そこに立体感とか、蝶々独特の鱗粉感とかを出すのにいろいろと研究しました」と、そのために制作した色の試作標本を見せながら説明する。

「初期の頃に色の見本としてずっと作っていたものですが、同じ光る色でも、ちょっと指紋みたいな模様にしてみたり、表情のある線を出してみたりと、どのように光を反射させれば、のっぺりとしない深みのある色ができるのかを研究していたのです。色の濃さとか、反射剤の入れ方とか、光の具合で反射が変わるのをどうやって思い通りの表現にするのかを試行錯誤しました」

そのきれいに整頓された色見本の標本を見るだけで、平田さんの職人としての几帳面さがうかがえる。

「納得のいく色が出るまで5年以上かかりました」と平田さん。

「制作を始めて2年経った頃から売り出してはいるのですが、発売後からでもずっとブラッシュアップは続けて来ました。光の具合もだんだん変化してきて、昔とは全然違うかたちで現在の作品は仕上がっています」と振り返る。

糸鋸で、蝶々の羽の形を挽く。

全ての道具や材料がきちんと整頓された木工の工房

 

平田さんの蝶々は、ただ綺麗なだけのイメージの世界ではなく、すべてが実在する品種の蝶々だ。

「そもそも自然界にあるものを自分が勝手に創作するなんておこがましいと思っているので、全て忠実にやっています。実際の蝶にどこまで近づけられるかが自分の拘りです」

作品を買ってくれる人の中には、「標本を置くのは躊躇するのだが、これだったら自分の手元に置いておける」という昆虫好きもいるという。飾っておくだけでも充分に綺麗で見とれてしまうのだが、全ての作品がブローチになっているので、身につけられるアートであることも好評の理由だという。

その種類はというと、「いちおう70種類は作っています、ちゃんと数えていないのですが、無限に増やせます」と平田さん。

ただし、目下の悩みは、猫のシリーズが人気すぎて、蝶々を制作している暇がないことだという。

「実は今年、蝶々は一匹も作っていないのです。猫ばっかり人気で、今年は4000匹以上作りました。種類も多くて、数えたら約120種類。それも目の色がそれぞれに黄色、緑、青とあって、その中でも黒目の丸と、縦長があるので、そんなの全部合わせていったら、一体、幾つになるんだっていうことですよ。(笑)」

 

オリジナルの技術を木工細工に駆使する

 

話が猫に戻ったところで、その作品の売りを訊いてみたところ、「売りはやっぱり種類じゃないですか」という返答。

「一般の大手メーカーが猫グッズを作るとしても、せいぜい10種類くらいしか出せないでしょうが、平田製作所は100種類以上出せる。それは全て手作りでやっているということもそうなのですが、あえて少しずつ違う表情を出すための工夫をしています」と平田さん。

猫の色づけはエアブラシで塗装するのだが、茶色を塗った後に、オレンジでグラデーションをかけて、さらに黒を足す。時には2本、3本と同時に手に持って吹き付けることもあるという。

「それぞれに違う色が入っていて、それを交互に塗っていくと微妙な色合いが出るのです。ですから、一体ずつグラデーションが違ったり、色の濃さが違ったり、やっぱり拘りはそういうところなんですね。お客さんは、みんなよく見るんですよ、うちの子は濃いとか薄いとか、自分ちの猫に一番似ているのはどれかって。これだけ種類があれば、どれか一つはこれだって思うものと出会えるのでしょうね」

 

どれ一つとして同じものがない猫の作品

エアブラシによる塗装

 

平田さんの趣味は、釣りとプラモデルだという。

「年がら年中、ずっと作品を作っているじゃないですか。それで、たまに休みだっていって、プラモデル作るんですよ。木工細工よりももっと細かいことやるんです」と、笑う。まさしく、生粋の職人だ。最後に、今後の展望を訊いた。

「うちなんか、伝統じゃないんですよね、もともと。だからそれを伝統になるまでにやれればいい。でも本当のところ、そんな先のことなんて考えていないですよ」と、一蹴。

「今、自分のものを売ることだけで、精一杯。ただまあ、自分の作ったもので、お客さんが笑顔になってくれれば嬉しいので、そういう人が増えることが、目下の課題です。それが、ものづくりの根本だから、ものづくりの人間としては、ずっとそれを考え続けていくでしょうね。それが、どういうものなのかといったら、売れるものなんだということです」と、平田さんは、そう言って締めくくった。

 

平田悠

文京区千駄木生まれ。千駄木小学校、文林中学卒。文京区伝統工芸会外催事リーダー。
2000年、ルアービルダーコンテスト入賞。 2015年、文京区伝統工芸会入会。 2022年6月、21世紀アート ボーダレス展 出展 。2022年12月、21世紀アート ボーダレス展 特別賞受賞 。2022年12月、ピカレスクギャラリー 雷擬獣化100人展 出展 。2023年1月、東京宝島・御蔵島×creemaクリエイターコラボ出展。 2023年6月、21世紀アート ボーダレス展 出展。 2023年11月 creema辰野・岡谷クラフトキャラバン出展 。2024年7 地上波「ぶらり途中下車の旅」出演。2024年11月地上波「めざましテレビ」キラビトコーナーに出演。

所在地:文京区根津1-27-13
問い合わせ先:http://j-sasaki.ebunkyo.net/index.html