Craftsman来て見て体験演者
水引の文化を伝えたい

若井麻也子
創業明治3年の結納品専門店、若井佐吉商店は、丸ノ内線本郷三丁目駅の改札を出てすぐにある。六代目の女将である若井麻也子さんは、家族や熟年の職人から受け継いだ伝統の技を駆使して、オリジナルののし袋の製作や贈り物に水引を掛ける職人でもある。現代の流れを受け入れながら、結納という日本の伝統儀礼をサポートする若井さんは、人と人とを結ぶことの和の美意識を伝えようとしている。
想いを結び、贈る
水引の文化を伝えたい
結納品・祝儀用品の専門店である若井佐吉商店は、およそ150年に渡り関東の結納に関わってきた。そして令和の時代の今、店の看板と実務を背負っている若井さんは、「水引をもっと身近に」をテーマに、伝統的な包装の形から、新しいスタイルまで、いろいろな水引の使い方を紹介、提案している。
「そもそも結納というのは、お金などの贈り物は自分で用意するものですが、結納屋というのはそれらを包み結納品の形に整えるのが仕事です。日本古来の『包む』という文化の中で、水引というのはそれらを封印するという役割があるのです」と若井さんは解説する。
昔の家は、言ってみれば番頭さんを使いに送り、祝儀は自分で運ぶものではなかった。結納も同じで、本来自分ではなくて使者や仲人さんらが運ぶものであったそうだ。
「何々家から使者が持ってきましたという時に、水引をかけることによって、『その人の家に届くまで誰もあけられません』という、とても大切な意味があるのです。それは、飛鳥の時代から始まっている文化です」
婚礼とは、自分の人生の中で一番華やかであるべき場面であると若井さんは言う。「人生には三つの大きな節目がある。誕生、結婚、永眠とあるのですが。生まれた時のことは、自分自身ではわからない。亡くなった後もわからない。結婚だけが、唯一自分の人生で自分自身が関わって、皆さんからお祝いをされる。そのことを肝に銘じて商いをしなさいというのが、若井佐吉商店の代々の教えです」

婚礼以外の一般的なお祝いに用いられる蝶結び
お祝いごとに合わせて
水引の結び方を変える
「本当の私の仕事は結ぶことです。結ぶということは、人と人とを結ぶとか縁を結ぶことにつながります」と若井さんは言う。数十年前までは、デパートの店員は全員水引が結べたというが、今はもう出来る人はほとんどいないという。若井さんは、文京区伝統工芸会には、水引の部門で登録されている。「水引工芸としては、まずは水引を掛けるというのが一番の基本で、それが鶴になったり、亀になったりの立体的な水引細工にもなります」という。
水引の素材は、こより状にした和紙に糊を引き、乾かして固めた紐を紅白、白黒、金銀に色づけしたものを使い、それらを長野県や四国の産地から仕入れている。日本の伝統的な考えでは、奇数はおめでたい数の陽数とされ、偶数は割れる数の陰数とされている。「水引は人と人との縁を結ぶものであるから、割り切れず、縁が切れないという意味を込めて、、5本、7本、9本などの奇数で結ぶのです」
水引の結び方は、ほどけるものとほどけないものに分けられる。結び切りは、一度結ぶとほどけないため、一度っきりであってほしいという意味が込められている。水引の両端を引っ張ることで結び目が固くなることから、末永く一緒にいたい、いてほしいという意味も込められていて、婚礼や仏事などに用いられる。あわじ結びも結び切りと同様に一度結ぶとほどくのが難しいため、婚礼や仏事などに用いられる。祝儀の場合は、金銀や紅白などの水引で、不祝儀の場合は、白黒、金銀、黄色などの水引で結ぶのが慣わしとなっている。
蝶結びは、ほどくことのできる結び方で、何度あっても喜ばしい、誕生日、出産、入学式、昇進などのお祝いや、一般的なお中元などの御礼の際に使われている。
また、水引が立体的な造形になった島台は、結納や婚礼などに飾られてきた。島台は、日本の島をかたどった台に、松を中心に竹、梅、鶴、亀や蓬莱山など縁起物を配置し、家族の繫栄や不老長寿を願いました。また、祝いの品の反物や帯などを使い、幸福の象徴として重宝された蓬莱山や鯛などをかたどった呉服細工も喜ばれました。
「昔の祝言は自宅で行われ、島台や呉服細工が床の間に飾られました。島台には、翁と媼の人形が必ず置かれ、夫婦の長寿と円満を願っているのです。呉服細工は、今では作ることができる職人がいなくなってしまいました。一度本物を見てみたかった」

あわじ結び

若井佐吉商店に残されている、昭和30年代の結納の写真。右奥には島台が飾られている。

昭和の頃から使っている電熱器でプレスして、水引を成形する

型(写真は9本取りのあわじ結び)に合わせて水引を形作る

ちり巻きの作業。水引の先端をちり棒で巻いて飾りをつける

のし袋を折る。紙は、四国の和紙の産地から取り寄せている手漉きの檀紙。
両家の結びつきを支える
結納の仕事
「うちは水引を結び、結納品を作るだけじゃなく、その意味や由来、使い方を説明することも仕事です。昔は、慣れた仲人さんがいたものですが、今はそういう方がいないので、失礼がないかと皆さん心配されるのです。ただ単に結納品を売るだけではなく、水引を用いた結納品や儀式の文化が重要なので、そのことをお客様と話しながら進めていくのです」
結納品は、関東では、略式もあるが九品揃えが本式とされており、すべての品を献上台に並べるのが基本だという。品物は、水引を掛けられ、慶事には欠かせない縁起物の鶴、亀、松竹梅などの手作りで丹念に結びあげられた水引細工で飾られている。
並べる結納は、右より、結納の品物と数量を記す目録。不老長寿を願い、祝儀の時に添える長熨斗(のしアワビ)。結納金を包む金包。純潔と家運隆昌を願う末廣(一対の白扇)。長寿と夫婦円満の友志良賀(麻)、子宝と子孫繁栄の子生婦(昆布)。幸せな家庭を作る女性の象徴の寿留女(スルメ)。逞しい男性の象徴の松魚節(鰹節)。祝宴のために贈る家内喜多留(樽料)。ちなみに金包のことを帯一筋と書くのは、「昔はお金ではなく反物や帯が贈られた名残です。お嫁に来るときに着物を一式仕立てて来てください」という意味があったそうだ。
ただし、これらの天然の良質な素材は、年々手に入りにくくなっているという。「共に白髪になるまでにという意味の麻は、もっと白いものを仕入れたいのですが、国産品はもうなくなっています。昆布もスルメもいいものが獲れなくなっているそうで、昆布は、いろんなところに電話して、ようやく自分で探し出しました。当の水引は、消費量も減り、長野の農家の奥様方が冬場の内職でやっていたのですが、今はパートで外に出るようになって、作る人がいなくなってしまっています。私たちの業界では、『職人さんの継承から始めないといけない』という話になっています」と、できる限り本物を継承していきたいと語る。
さて、若井さんとお話をしていて感じられるのは、人と人を結ぶその気持ちの温かさ。「仕事は、憶えることが多すぎて、楽しいと思うほどの余裕はない」と言いながらも、お客様の末永い幸せを祈って檀紙を折り、水引を結ぶ。若井佐吉商店150年の歴史を背負うに値する安心感が、その人柄と水引の美しさに表れている。

結納の目録。目録の折り方ひとつにも作法がある

九品揃えの結納品

子生婦(昆布)

水引を掛けたのし袋

島台

髪飾り

若井麻也子
1966年岐阜県生まれ。フェリス女学院大学英文学科卒業後、スペインで観光業を学び、その海外経験を活かしてテレビチャンネル会社に20年程勤務。その間、仕事で知り合った若井佐吉商店現社長と結婚。2012年に現社長の6代目就任と同時に、店の切り盛りを請け負うこととなり、現在に至る。
所在地:文京区本郷問い合わせ先:https://yuinou.tokyo/