Craftsman来て見て体験演者
本物の伝統文化

橘 右之吉
湯島天神の参道の唐門の前に書家の橘右之吉さんのオフィス兼工房の(株)UNOSがある。橘流寄席文字・江戸文字の正統を受け継ぐ右之吉さんは、江戸から連なる文字文化を、寄席看板や舞台題字、広告などを通して現代に息づかせている。力強さの中に洒脱と温かみを備え、細部にまでこだわったそのデザイン性は、見る者の心を一瞬で魅了する。伝統を守りながら発信し続ける、文字を書くことのこだわりを聞いた。
江戸時代に完成された
文字の文化を今に引き継ぐ
「私の仕事は、文字を書く事です。江戸時代に頻繁に使われていて、完成された文字を書いているのですが、寄席の世界の文字、芝居(歌舞伎)の文字、それから職人さんが使う、半纏、手ぬぐい、染色だとかの文字を書いています」という右之吉さん。江戸時代全般に使われていた江戸文字は、寄席は橘流、芝居は勘亭流、相撲では根岸流に特化された。もとを辿ると、室町時代の青蓮院流から派生してきて江戸時代に完成されたのが江戸文字である。
「うちで書かないのは、相撲字。行司さんが伝統を守り書いている字だから、僕たちが手を出すものじゃない。真似して書けと言われたらできるけど、あくまで真似だもんね」と、文字文化の精神に敬意を払う。

中村勘三郎の村には点がない
文字に表情を持たせる
こしらえた文字の意味
右之吉さんは、江戸文字をいまでいうCI(コーポレートアイデンティティ)と例える。マクドナルドの「M」を見れば誰もがそれと分かるように、文字の崩し方や形を統一することで、ひと目でどの世界の文字かが伝わる。火消しの「め組」「ろ組」といった文字を見るだけで、その人が何をやっている人か分かるという。
「今は手書きじゃなくて、フォントを使っていますよね。何にでも使えるけど、単純に並べた時に、私から見ればバラバラな字ですよ」と手厳しい。例えば、仮名はちょっと小さめに書くとか、強調させたい文字を微妙に大きくするとか、手を動かす中でのやりくりをしないと、どうしても文字の表情に違和感が出るというのだ。
「子どもに教えるお習字では筆を立てるけど、僕たちの仕事は筆を立てるということはまずない」と右之吉さんは続ける。少なく下ろせば細い線になるし、しっかり下ろせば太い線。横に傾ければ、さらに幅の太い線になる。筆の全体を使うとしっかりした字が書ける。習字はなぜ筆の先だけを使ったのかというと、昔は巻紙に書いたり、帳面を手で持って書いていたから。
「僕たちは、書道ではなくて、こしらえた字を師匠から受け継いで表現しているのです」と右之吉さん。そこには、文字の形だけでなく、慣例や意味が織り込まれている。たとえば勘亭流で役者名を書く際、点を入れないことがある。「点を入れると完成してしまう。まだまだ良くなる、いずれ完成させたい」という願いを込める。文字のひげの本数を奇数に整えるのも、七五三のように割れない数を吉とする考えがある。格好よく見せるだけではなく、すべてに理由があるという。
橘右近師匠の文字に憧れて
16でこの世界に跳び込む
「もともと私は、浅草の鳶頭の倅だったんです」と右之吉さん。しかし、高いところに上るのは嫌いだったため、現場に連れてかれても怖がって仕事にならなかった。親も好きなことをやらせた方がいいとなって、「字を書きたい」と告白した。寄席や芝居は大好きだったので、いろんな芝居や寄席を見に行き、惹かれたのが舞台の外側の世界、文字だったのだ。その中で一番いいと思ったのが寄席文字であり、師匠である橘流寄席文字家元・橘右近の字だったという。「うちの師匠が絶品だった。人形町末廣があって、新宿末廣亭があって、ポスターもそれぞれあるわけですけど、師匠の字が一番いいんですよ。まったく違いますよ、世界が違う。そうなると、自分で空想の世界に入っちゃって、真似して毎日書いていたら、親父から『それは我流だから、ちゃんと師匠についたほうがいい』と言われて、中学3年生で、師匠の門を叩いたんです」
師匠の手伝いといっても筆を洗うくらいしかなかったそうだが、要は鞄持ち。弟子入りしながら高校に通って、19歳で橘右之吉の名前をもらったという。
「でも19で仕事なんかあるわけないですよ。修行中の役者だとか噺家の字をロハで書かせてもらって、やがて下積み時代を集まって過ごした人たちが出世していくと、今度襲名するから手伝ってくれと声がかかるようになった。それが三津五郎であり、勘三郎であり、そういう皆さんが引っ張ってくれたんですね」

筆全体に墨をつけて書く

やや緊迫した空気が流れる

文字の大きさに強弱をつけて

ゆっくりと流れるように

納得するまでさらに筆を入れる
究極を求め続ける途上にこそ
完成される世界がある
右之吉さんほどの大家になっても、毎日筆を持ってないと不安になるという。「休んじゃうと、手が落ちるというのが分かってるから、どうしようもない。もうこれでいいというのは無くて、今日書いたものを明日見るともう嫌なんだよね。そうするともう一回、もう一回ってなるんですよ」と、究極の字への執念を見せる。
「いい文字って何ですか?」と聞くと、ちょっとの間があった。「何だろう、分かんないな。正直なところ辿り着けない文字だと思う。例えば、私が師匠の門を叩いた頃の師匠の字、それと晩年になった頃の師匠の字。自分の中のイメージはね、そのどちらでもない、もっと真ん中なんですよ。完成形まで行っていなくて、発展途上の字といったらいいのかな。四苦八苦している字、その思いが込められている字といってもいい」
そして右之吉さんは振り返る。「不思議なことに、みんな自分が弟子入りした頃の師匠の字に目標を持っちゃうんだよね。その文字に惚れて入っているわけだから。でもね、いつかは、そこから離れないとだめ。学ぶというのは真似ぶだから、真に似せて、師匠とまったくうり二つだねという所にまで辿り着いて、そこから初めて自分の味というのが出てくる」と。
「世の中の人には、心眼を見極める目を持ってもらいたいね」と右之吉さんは結ぶ。例えば右之吉さんが作っている消し札は、櫛で使う柘植の木に一個一個本漆で書いている。紐も正絹の全部自然素材。何か分からない木にラッカーで書いても、同じようなものはできる。「ただし、本質は全然違います。本物からしか伝わらない伝統文化の本質。それを分かってもらいたいですね」と、右之吉さんは訴えた。


千社札シール

消し札

招木看板

橘 右之吉
1950年、東京浅草生まれ。1965年、橘流寄席文字家元・橘右近師匠に師事し文字の習得に励む。1969年、正式な一門継承者として認められ「橘右之吉」の筆名を認可される
以来、国立劇場や国立演芸場などのポスター、浅草寺本堂前の大提灯「志ん橋」の元字をはじめ、多くの筆耕に携わり、1975年に株式会社文字プロを設立。2010年、オフィス兼工房である(株)UNOSを湯島天神前に構える。
2013年 全国地域活性たからいち in 横浜 グランプリ受賞。2015年、文の京技能名匠者認定。
問い合わせ先:https://unos.co.jp/